大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成2年(わ)1966号 判決

本籍

愛知県幡豆郡一色町大字赤羽字上郷中一二四番地一

住居

名古屋市千種区唐山町二丁目三七番地五号

医師

高須克彌

昭和二〇年一月二二日生

本籍

愛知県幡豆郡一色町大字赤羽字上郷中一二四番地一

住居

右同所

医師

高須登代子

大正一〇年三月三一日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告人高須克彌を罰金二億円に、同高須登代子を懲役三年にそれぞれ処する。

被告人高須克彌において、その罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人高須登代子に対し、この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人高須克彌は、名古屋市中区錦三丁目二三番一八号ニューサカエビル五階ほか、大阪、広島、福岡、東京、横浜、仙台及び札幌において、「高須クリニック」の名称で美容整形外科医院を開設、経営しているものであるが、名古屋、大阪、広島及び福岡所在の各「高須クリニック」における経理事務等事務一般の責任者兼秘書として鈴木美由紀を、東京、横浜、仙台及び札幌所在の各「高須クリニック」における経理事務等事務一般の責任者兼秘書として神森良子をそれぞれ雇用していた。

被告人高須登代子は、被告人高須克彌の実母であり、高須克彌の使用人である右鈴木及び神森に対しては事実上の影響力を有していたものであるが、右鈴木及び神森に対し、両名が各「高須クリニック」の窓口で患者から手術料として受領した現金収入の一部を除外した上、それを帳簿書類等には一切記載せず、登代子に渡すよう指示し、両名はこれを承諾し、右鈴木及び神森と共謀の上、高須克彌の右業務に関し、同人の所得税を免れようと企て、診療収入の一部を売上に計上せず、除外するなどの不正な方法により所得の一部を秘匿した上、

第一  昭和六〇年分の実際の総所得金額が四億二三五五万五〇六八円、分離課税による長期譲渡所得金額が一三三万六一三一円で、これらに対する所得税額が二億六六〇四万四三〇〇円(別紙一-1修正損益計算書及び同二-1脱税額計算書参照)であるのに、昭和六一年三月一五日、情を知らない寺沢道一税理士をして、愛知県西尾市熊味町南十五夜四一番地の一所在の所轄西尾税務署において、同税務署長に対し、みなし法人課税方式を選択して、昭和六〇年分のみなし法人所得金額が一億六九〇三万四二〇円、総所得金額が一億三三二六万五九七五円、分離課税による長期譲渡所得金額が一三三万六一三一円で、これらに対する所得税額が合計一億二〇六三万一四〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出させ、正規の所得税額との差額一億四五四一万二九〇〇円を免れ、

第二  昭和六一年分の実際の総所得金額が六億七八八六万二四四一円で、これに対する所得税額が四億四二八一万一三〇〇円(別紙一-2修正損益計算書及び同二-2脱税額計算書参照)であるのに、情を知らない寺沢道一税理士をして、昭和六二年三月一六日、前記西尾税務署において、同税務署長に対し、みなし法人課税方式を選択して、昭和六一年分のみなし法人所得金額が一三一一万七三七一円、総所得金額が四六九〇万九九六三円で、これらに対する所得税額が合計六八〇万五七〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出させ、正規の所得税額との差額四億三六〇〇万五六〇〇円を免れ、

第三  昭和六二年分の実際の総所得金額が五億五一一八万六四三六円で、これに対する所得税額が三億四九二万四二〇〇円(別紙一-3修正損益計算書及び同二-3脱税額計算書参照)であるのに、昭和六三年三月一五日、前記西尾税務署において、情を知らない寺沢道一税理士をして、同税務署長に対し、みなし法人課税方式を選択して、昭和六二年分のみなし法人損失金額が一七九三万六八〇九円、総所得金額が五九二六万五六二五円で、これらに対する所得税額が合計九七七万二二〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出させ、正規の所得税額との差額二億九五一五万二〇〇〇円を免れ、

もって、被告人高須克彌及び同高須登代子の両名は、いずれも不正の行為により高須克彌の業務に関し所得税を免れた。

(証拠の標目)

註 括弧内の甲乙の番号は検察官請求証拠等関係カードにおける番号を示す。

判示事実全部について

一  被告人高須克彌の当公判廷における供述(第二〇回、二一回、三〇回公判におけるもの)

一  被告人高須克彌の当公判廷における供述(第二三回公判におけるもの、同被告人につき)

一  証人高須克彌の当公判廷における供述(被告人高須登代子につき)

一  第二二回公判調書中の証人高須克彌の供述部分(被告人高須克彌につき)

一  第二三回公判調書中の証人高須克彌の供述部分(被告人高須登代子につき)

一  被告人高須登代子の当公判廷における供述

一  第九回公判調書中の証人鈴木美由紀の供述部分

一  第一〇回、一一回公判調書中の証人鈴木美由紀の各供述部分(被告人高須克彌につき)

一  証人鈴木美由紀に対する当裁判所の尋問調書(被告人高須登代子につき)

一  第一三回公判調書中の証人神森良子の供述部分

一  第一二回公判調書中の証人神森良子の供述部分(被告人高須克彌につき)

一  証人神森良子に対する当裁判所の尋問調書(被告人高須登代子につき)

一  第一四回、一五回公判調書中の証人大橋行雄の各供述部分

一  第一六回、一七回公判調書中の証人寺沢道一の各供述部分

一  第一七回、一八回公判調書中の証人高橋康二の各供述部分

一  被告人高須克彌の検察官(乙5)及び大蔵事務官(乙1ないし4)に対する各供述調書

一  被告人高須登代子の検察官(乙11)及び大蔵事務官(乙7ないし10)に対する各供述調書

一  大橋行雄の検察官に対する供述調書(甲28、29)

一  鈴木美由紀(甲14ないし17)、神森良子(甲18、19)、川澄正一(甲20)及び近藤省三(甲21)各作成の上申書

一  大橋映子(甲31)、陸川香代子(甲32)、細川美鈴(甲33)、平田妙子(甲34)、朝田茂子(甲35ないし37)、弓削佳世(甲38、39)、山田真砂子(甲40)、忠縄秀一(甲41)、久次米秋人(甲42)、角谷徳芳(甲43)、鈴木明美(甲44、45)、田邉詔治(甲46、47)、大島和弘(甲48)及び西川路夫(甲49)の大蔵事務官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(甲5、6、10、11)

一  西尾税務署長作成の証明書(甲55)

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲64、65)

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲2)

一  西尾税務署長作成の証明書(甲50)

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲3)

一  西尾税務署長作成の証明書(甲51)

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲4)

一  西尾税務署長作成の証明書(甲52)

(補足説明)

一  従業者等の意義

1  被告人双方の弁護人は、ア所得税法二三八条一項所定の「偽りその他不正の行為」の構成要件に該当する行為とは、偽った税務申告をすることであり、売上金の除外秘匿行為や帳簿の虚偽記載は、その予備的行為に過ぎず、構成要件該当行為ではないとの主張を前提として、イ同法二四四条一項所定の「法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」(以下併せて「従業者等」という)とは、納税業務に関係する事務を担当する従業者等に限定されるべきであり、ウ被告人高須登代子はもとより鈴木美由紀や神森良子も右従業員等に該当しない旨主張する。

2  弁護人主張アのように、事前の所得秘匿行為を伴う虚偽過少申告事犯の場合、虚偽過少申告のみを実行行為とし、事前の所得秘匿行為はその準備行為に過ぎないとの見解(いわゆる制限説)を前提としても、弁護人主張イのように、従業者等は納税業務に関係する事務を担当する者に限定されるべきとの解釈には賛同することはできない。けだし、所得税法二四四条一項は、従業者等について右のような限定を加えていないのであり、弁護人主張の解釈は明文の規定に反する。納税業務に関係する事務を担当する者が、帳簿や伝票類等の書類と実際の収支が合致しているか否か実態調査をせず帳簿や伝票類等の書類だけで、右事務を行う場合、右事務担当者以外の従業者等が虚偽の伝票等を作成することにより、脱税となりうるが(本件の場合、まさにこの事案であり、制限説をとると情を知らない納税業務担当者を利用した間接正犯となる)、このような場合において従業者等を処罰しなければ脱税をなくすことができない。弁護人の解釈によれば、納税義務者や納税業務担当者に実権のない者を据え、他の実権のある者が脱税を行った場合、誰も処罰されないことになるが、それは極めて不当である。また、納税業務担当者でなくとも従業者等であれば、業務主は十分監督可能であって、業務主に不当な結果を強いることはない。

3  所得税法二四四条一項の「使用人」とは、雇用契約により業務主に労務を提供する者で一般の従業員がこれに該当し、「その他の従業者」とは、業務主との間で雇用その他契約の有無を問わず、事実上その法人又は人の組織内にあって、その業務に従事する者を意味すると一般に解されているが、当裁判所もこの解釈に従うのが相当であると考える。

二  鈴木美由紀及び神森良子の「使用人」性

1  前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。

〈1〉 克彌は、昭和四四年五月に医師資格を取得し、昭和四八年に大学院を卒業すると同時に実母登代子が愛知県幡豆郡一色町で女手一つで経営していた高須医院に医師として勤務し、昭和四九年には新築、組織変えされた高須病院(昭和五二年に法人化後は医療法人社団福祉会高須病院)の副院長(院長は登代子)になったが、一方で、大学院で整形外科を専攻し、その分野で高名な医師になりたいとの強い希望を持っていたことから、高須病院でも働くとの条件付きで登代子の承諾を得て、昭和五一年六月名古屋市中区錦に美容整形を専門とする高須クリニックを開設し、その際、看護婦を一般募集して採用したほか、高須病院の事務員で看護助手であった鈴木美由紀を高須クリニック事務員として採用した。その後克彌は、昭和五四年に大阪、昭和五六年に東京、昭和五八年に広島、昭和六〇年に札幌、昭和六一年に横浜、昭和六二年に仙台と福岡に各高須クリニックを開設したが、神森良子は昭和五六年に一般公募して高須クリニックの事務員として採用されたものである。

〈2〉 克彌は、右八つの高須クリニックを毎日巡回して、診療や手術に当たっており、入院を必要とする手術は、その設備のある高須病院で行ったが、鈴木及び神森は、鈴木が名古屋、大阪、広島及び福岡の各高須クリニックの事務方の責任者となり、神森が東京、横浜、仙台及び札幌の各高須クリニックの事務方の責任者となり、かつ、それぞれ克彌の秘書として、克彌が各クリニックを巡回して診療及び手術を行うに当たり、各担当クリニックに同行し、克彌のスケジュールの管理、担当クリニックの職員の人事管理、会計の責任者として各クリニックの売上金等金員の管理、伝票や日計表の作成等の経理事務などの職務に従事していた。

2  以上の事実によれば、鈴木及び神森が所得税法二四四条一項の「使用人」に該当することは明らかである。なお、前掲各証拠によれば、鈴木と神森は、本件脱税当時、株式会社名古屋メディカルプレスに所属し、同社から給料の支払いを受け、高須クリニックに派遣されて前記仕事に従事していたが、右名古屋メディカルプレスは、克彌の発案により、同人の節税のために、同人が全額出資して作った会社であり、代表取締役は高須クリニックの経理責任者である大橋行雄であるが、克彌がオーナーであり、同社は高須クリニック及びその関連会社に従業員を派遣して事務を行うことを業務としていたのであることが認められるから、鈴木及び神森が同項の克彌の「使用人」に該当することには疑問の余地はない。

三  被告人高須登代子の「その他の従業者」性

1  検察官の主張

登代子は高須クリニックの経理及び人事面の管理等をしており、所得税法二四四条一項の「その他の従業者」に該当する旨主張し、その具体的内容として、登代子は、ア業務開始時において、克彌に私がマネージメントしてやると言い、克彌の銀行借入の保証人になったこと、イ大橋から、毎月のように高須クリニックの収入額や利益額の報告を受けていたこと(経理面の関与)、ウ鈴木を高須クリニックに派遣し、神森を東京等の高須クリニックの責任者にし、高須クリニックの医師、事務の責任者、主任看護婦に関し、克彌や大橋等と採用面接をし、従業員の昇給、賞与の支給等についても克彌を助言したこと(人事管理)を挙げる。

2  前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる(なお、時期の特定のないものはいずれも、本件脱税当時である昭和六〇年から昭和六二年当時を含んだ状況である)。

〈1〉 登代子は、昭和六〇年から昭和六二年当時、毎月のように高須クリニックの収入額や利益額の報告を大橋から受けていた(大橋の検察官に対する供述調書〔甲28、29〕により認定できる。なお、大橋は当公判廷において、それは本件脱税が発覚した後のことを述べた旨供述するが、甲28、29の内容からして信用できない)。

〈2〉 克彌は名古屋、大阪、東京等と次々に高須クリニックを開設するに当たり、開設資金を検出するため銀行借入れをしたが、他に適当な保証人がいなかったため、登代子が連帯保証人となり、所有していた土地を担保に差し入れた。

〈3〉 登代子は、克彌の希望により、名古屋高須クリニック開設に当たり、高須病院で、事務とか産科看護婦の助手をしていた鈴木を高須クリニックの事務員とすることを承諾し、同人は高須クリニックで働くようになった。

〈4〉 登代子は、大阪高須クリニックの開設に当たり、大阪に行き、大橋や鈴木らと共に職員の採用面接をした。東京及び広島のクリニックの開設当時にも右各従業員の採用面接をした。なお、登代子はそれ以外に各高須クリニックの従業員の新規採用や追加採用の面接には行っていない。

〈5〉 登代子は、昭和五六年一一月ころ、東京高須クリニックで責任者に対する反発から職員多数が辞めた際、同所の一事務員であった神森に電話をかけ、東京高須クリニックの責任者にすると述べ、神森は同責任者となった。

〈6〉 登代子は、高須クリニックの医師がアルバイトとして高須病院でも勤務する場合には、右高須クリニックの医師の採用面接をした。なお、登代子は高須クリニックのみに勤務する医師の面接に立ち会ったわけではない。

〈7〉 登代子は、高須病院の理事長兼院長であり、医師として診察治療等の仕事で多忙であり、右医師としての収入を有し、克彌の指揮監督の下に、同人の業務に関し労務を提供したことはないし、高須クリニックから給料、報酬等を受け取ったこともない。

〈8〉 克彌は、各地の高須クリニックの場所の設定、その設備内容等について、登代子に相談せず、自分で決めた。右〈4〉以外に、高須クリニックの看護婦や事務員の採用、給料及び賞与の査定は、鈴木、神森及び大橋らが行っていたのであり、登代子は、鈴木から相談を受けて、職員採用者の選定について意見を述べたことはあるが、登代子が常に関与するような体制にはなかった。

〈9〉 なお、事業開始時において、登代子が克彌に私がマネージメントしてやると言ったとの証拠もあるが(乙5)、前記認定以外の行為により登代子が高須クリニックのマネージメントをしていた旨の証拠はない。

3  右認定の事実を基に検討するに、登代子は、高須クリニックへの銀行融資の保証人となったこと、東京、大阪、広島のクリニックの開設当時に従業員採用面接を行ったこと、高須クリニックの医師の採用面接には、高須病院勤務医師を兼ねる場合に面接したことなど、高須クリニックの事業運営に対し一定の関与は認められるものの、他方、右〈7〉及び〈8〉で認定したとおり、その関与の度合いは薄いものであり、登代子は高須クリニックから収入を得ていないこと、高須クリニックの日常的な業務に関与していたわけではないことなどの事情からして、登代子は事実上その法人又は人の組織内にあって、その業務に従事する者とはいえないと解される。また、右〈1〉認定の報告を受けた点について、報告を受けそれを基に登代子が指示し実行に移す体制があったとは認められず、それだけでは経理面に関与していたとはいえない。

4  なお、登代子は、克彌の母親であり、克彌が勤務していた高須病院の院長であること、大橋は高須クリニックの経理の責任者であるが、高須病院の事務長でもあること、西日本の高須クリニックの責任者鈴木は、元高須医院に勤務し、登代子が雇用し、登代子の信頼の厚い者であること、登代子は東日本の責任者神森に責任者となるよう指示したこと、克彌は高須クリニックの事務関係については、事務方に任せきりであり、登代子が同クリニックの人事等に関し指示したとしても、克彌は実際上反対する状況にはなかったことなどから、登代子には、鈴木、神森及び大橋らに対し事実上の影響力があり、登代子は右影響力によって、鈴木及び神森に高須クリニックの収入除外を指示し、実行させていたことが証拠上明らかであるけれども、右影響力があっても、収入除外以外にはそれを行使しておらず、この点から、登代子を従業者と解することは相当ではない。

5  以上検討のとおり、登代子は「その他の従業者」には該当しないと解されるが、鈴木及び神森が「使用人」であることは明らかであり、登代子は、「使用人」という身分を有する鈴木及び神森と共謀の上、本件脱税の犯罪を行ったのであり、刑法六五条一項、六〇条により、共謀共同正犯(除外行為自体は鈴木と神森が行っているので)として、所得税法違反の刑事責任を負わなければならない。

四  克彌の責任

前掲各証拠によれば、克彌は、高須クリニックでの医療行為、テレビ出演等のマスコミ関係の仕事や原稿の執筆等で多忙であり、高須クリニックの経理を自ら点検することは全くしていないし、鈴木及び神森が収入を除外せず、正確な日計表を作成していたか否か、同人らに任せきりで、他の者が同人らの仕事を監督し検査する体制にもなっていなかったのであり、高須クリニックにおいては、使用人等による税法違反行為を防止するのに必要な体制はとられていなかったことが認められ、業務主である克彌に過失があることは明らかである。

しかも、登代子は「その他の従業者」とは認められないが、同人と共謀の上、本件犯行を行った鈴木及び神森は所得税法二四四条一項の克彌の「使用人」に該当するのであり、前記認定のとおり、売上除外行為自体は右両名が行っていたもので、克彌が右両名を十分監督し、右両名が売上除外行為をしなければ、本件脱税はなされなかったものであるから、売上金を除外して脱税をしている事実を全く知らなかったとしても、克彌は同条所定の刑事責任を負わなければならない。

(法令の適用)

被告人高須克彌につき、第一ないし第三の各行為はいずれも所得税法二四四条一項、二三八条刑法六〇条、六五条一項

罰条 被告人高須登代子につき、第一ないし第三の各行為はいずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二四四条一項、二三八条一項(懲役刑選択)

併合罪の処理 被告人高須克彌につき、刑法四五条前段、四八条二項

被告人高須登代子につき、同法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)

労役場の留置 被告人高須克彌につき、刑法一八条

刑の執行猶予 被告人高須登代子につき、同法二五条一項

訴訟費用の連帯負担 刑訴法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の理由)

1  本件は、逋脱税額が三年分で合計八億七六五七万円余と極めて多額で、逋脱率も五四ないし九八パーセント、平均で八六パーセントにものぼる所得税の脱税事犯である。その方法は、現金収入が大半を占める高須クリニックにおいて、鈴木及び神森が手術料として受領した現金収入の一部を除外し、それを帳簿書類等には一切記載せず、現金を登代子に渡し、同人は証券会社の仮名や借名口座などを利用して、投資信託や債権等を購入していたというものである。鈴木及び神森は、現金を除外した分については、手術したこと自体をカルテや日計表等の経理書類には一切記載せず、後に患者とのトラブルが発生した場合に備え、同人らのみが分かる印をカルテに記載していたものに過ぎず、同人らの協力がなければ、脱税金額を特定することはできなかったものであって、その態様は巧妙、悪質である。

もっとも、本件で逋脱税額等が多額に上ったのは、一見バブル経済と無関係かのごとくであるが、やはりバブル経済のさ中には美容整形による売上げが増加したことにより除外された売上も莫大なものになったという意味において、本件脱税にバブル経済の影響力の存していることは無視できない。

2  加えて、克彌は、本件脱税を全く知らなかったとはいえ、自己の使用人に対し、自ら全く監督していないばかりか、他の従業員に監督させることもしておらず、監督責任を怠った程度が大きい。

3  登代子は、克彌が病気するなどの万一の事態に備えて、高須家のために、克彌の収入を同人に内緒で貯蓄しようと考え、本件脱税に及んだものであり、母親として息子の行動を心配し、克彌が健康をそこねるなど万一の事態を考えて貯蓄しようという考えは母心として理解できないわけではないが、きちんと税金を収めてから貯蓄に回すべきであり、そのためには克彌を説得するか、説得しきれないのであれば、克彌自身の収入であるので、同人にその使途を任せるべきであって、脱税になることを十分知りながら、登代子が本件売上除外行為を続けてきた動機において、特段酌量の余地はない。しかも、登代子は、鈴木及び神森に本件犯行を指示し、同人らから除外現金を受け取っていたもので、本件犯行の首謀者であることは否定できない。

4  以上の事情を考慮すると、克彌及び登代子の刑事責任は相当重く、登代子の場合、逋脱税額等(もっとも、逋脱税額等が多額に上ったについてはバブル経済の影響を無視できないわけで、量刑に当たっては逋脱税額等は割り引いて考える必要がある)にかんがみ実刑の可能性もないではない。

しかしながら、克彌の場合は、本件の発覚を契機に、修正申告後の本税、重加算税及び延滞税を完納するとともに、コンピューターシステムを導入して、再犯防止に努めていること、美容整形の先覚者であり、日本整形外科学会等から認定医に指定されていること、医師として精力的に仕事に取り組み、診療や手術を行うばかりでなく、美容整形に関する各種論文や多数の医学啓蒙書を発表し、この度の阪神大震災では自ら先頭に立って美容整形のボランティア活動を行っていること、前科・処罰歴が見当たらないことなどの事情が認められるので、これらの事情を有利に斟酌して罰金額を量定した。

また、登代子の場合は、昭和一七年に医師免許を取得し、愛知県の一色町内で長年患者本位の医師として稼働し、女手一つで克彌を育て上げると同時に、学校医を務めるなど、医療活動を通じて、長期間にわたり地域住民の医療や健康に貢献してきたこと、本件脱税発覚を契機に、克彌のため、高須家のために良かれと思ってした収入除外が裏目に出、克彌らに多大の迷惑をかけたことを反省し、平成元年四月に高須病院の院長及び理事長を辞任し、わずかな医師としての仕事のほかは自宅で静かに謹慎の日々を送っていること、従前からことあるごとに福祉施設や学校などに現金や品物を寄付してきたが、今回の阪神大震災の惨状を目の当たりにして、反省の証として、自身の老後に備えて約五〇年間に営々と蓄えた金員の全てである七〇〇〇万円を贖罪寄付したこと、現在七三歳の高齢であり、昭和五六年以降愛知医科大学に、高血圧症、狭心症、大腸ポリープなどのため度々入院し、現在も高血圧症と狭心症を中心として継続して通院治療を受けていることなどの事情が認められる。これらの事情を参酌すると、再犯のおそれの殆どない登代子を一般予防の見地を強調して実刑に処するより、日常生活の中で更生の機会を与えるのが刑政に適うものと考え、その刑の執行を猶予することとした。

よって主文のとおり判決する。

(検察官綿﨑三千男、被告人高須克彌の主任弁護人宮道佳男、同弁護人後藤昌弘、同高木正紀、被告人高須登代子の主任弁護人福岡宗也、同弁護人中西英雄各公判出席)

(裁判長裁判官 油田弘佑 裁判官 土屋哲夫 裁判官 松岡幹生)

別紙一-1 修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙二-1 脱税額計算書

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

所得税の減算表(昭和60、61年)

〈省略〉

別紙一-2 修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙二-2 脱税額計算書

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

所得税の減算表(昭和60年、61年)

〈省略〉

別紙一-3 修正損益計算書

〈省略〉

〈省略〉

別紙二-3 脱税額計算書

〈省略〉

税額の計算

〈省略〉

所得税の減算表(昭和62)

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例